限定販売中のブラジル・セラード フォリャードス農園に近い、大変甘味が豊富なコーヒーです。スクリーンサイズは16とやや小さめのムンドノーボ種ではありますが、エコウオッシュで精製されており欠点豆が少なく上品な香りを持っております。
このコーヒーはCACCER(セラードコーヒー生産者協議会)の信任する数名の鑑定士によってスペシャルティコーヒー(最高品質)として認定されております。
ミツオ・ナカオ物語
1.父のブラジル移民
1910年8月26日、新天地での“一括千金”を夢見る中尾増吉は「旅順丸」でサントス港に到着した。増吉氏は18歳で郷里山口県から両親の元を離れ、サンパウロ州リベロン・プレット市のグァタパラに入植した。希望に満ちて入植した農場だったが聞かされていた情報とは異なる悲惨な生活が待ち受けていた。ポルトガル語が話せず、生活習慣の違い等で最初に抱いていた夢は砕けちり新天地での生活は苦難の連続となった。
2.ミツオ誕生
増吉氏は何とか貯めたお金で小さな農園を購入したのだが地理的に幹線道路より外れていた為、作物の販売輸送にも不利であった。増吉氏が結婚しミツオが3男として生まれたのもこの頃である。夢に描いたものとは違う生活から帰国を考え、増吉氏は苦しい生活を送りながら家族全員の旅費を作り出し、不足分は家屋や田畑を売り払って日本に帰国したのである。
3.ブラジルへ再移住
故郷の山口県で二年ほど働いたが将来性に見切りをつけミツオは家族と一緒に再度ブラジルに移住した。運悪く間もなく太平洋戦争が勃発。ミツオは家から約3キロ先の日本語学校に通い出したが戦争のため2ヶ月で中止となりブラジル人の学校に通う事になった。勉学に優れたミツオはポルトガル語も上手に話し周りから尊敬された。農業経験もあったミツオは農場を購入し、トウモロコシ、綿、コーヒーの栽培をはじめた。そしてアリラン二ア地方に農場を購入した時に出会った娘と恋に落ち、結婚する事になった。
4.セラードコーヒー、家族、そして現在
ミツオは友人から聞いた未開の土地と言われていたセラード地方であったが、心が動かされ土壌を調べに行き、パトロシーニョ市の近くのセーラ・ネグラ地区が気に入り農場を購入したのである。そして今から約20年前にパット・デ・ミナス市のカタンツーバ農園に移住している。ミツオは4人の子供を儲け、長女マリエは弁護士、長男オーランドは科学者、そしてあと二人の子供、アルフレッドは医師、クラウヂアは歯科医として活躍している。
ミツオが現在所有している7つのコーヒー農場の栽培総面積は750ヘクタールにのぼり、収穫量においても、良い年には15,000〜20,000袋の生産量を上げイリィ社主催のコンクールでは 2位を獲得したこともある。
84歳を迎えるミツオは、今日でも妻と共にコーヒー栽培に携わる日々を過ごしている。ブラジル移民100周年を迎える今年、中尾家は移住者の中の成功者として記録される家族である。